東京地方裁判所 昭和40年(レ)557号 判決 1966年10月29日
控訴人(附帯被控訴人) 小島一郎
右訴訟代理人弁護士 平井直行
右同 深田良平
被控訴人(附帯控訴人) 石田ミツ
右訴訟代理人弁護士 持田五郎
右同 長田喜一
右同 曽我部東子
右同 中村了太
右訴訟復代理人弁護士 井出嘉広
主文
一、原判決を次のとおり変更する。
被控訴人から控訴人に対する葛飾簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二〇四号建物収去土地明渡請求事件の判決に基く建物収去土地明渡の強制執行は、被控訴人において控訴人に対し金一一〇万七九五八円の支払をなすのと引換えに別紙第二目録記載の建物から退去し、同第一目録記載の土地の明渡を求める限度をこえる部分についてはこれを許さない。
二、訴訟費用は第一、二審(控訴、附帯控訴とも)を通じて、控訴人と被控訴人の各平等の負担とする。
三、原判決において宣言された強制執行停止決定認可の裁判を次のとおり変更する。
本件について葛飾簡易裁判所が昭和三七年一月二七日にした強制執行停止決定は、被控訴人において控訴人に対し金一一〇万七九五八円を支払うのと引換えに別紙第二目録記載の建物より退去して別紙第一目録記載の土地の明渡を求める限度内において、これを取消し、この限度を超える部分について、これを認可する。
前項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
控訴人(附帯被控訴人。以下控訴人という。)訴訟代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人から控訴人に対してする葛飾簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二〇四号建物収去土地明渡請求事件の判決に基く建物収去土地明渡の強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人。以下被控訴人という。)訴訟代理人は「本件控訴を棄却する。原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二、控訴人の請求原因
控訴代理人は請求原因として
(一) 控訴人、被控訴人間には、葛飾簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二〇四号建物収去土地明渡請求事件につき確定判決があり、右判決は被控訴人の控訴人に対する、別紙第一目録記載土地の所有権に基く明渡の請求を認容して、控訴人において被控訴人に対し別紙第二目録記載の建物(但し建坪当時の現況二〇坪五合)を収去して別紙第一目録記載の土地を明渡すべき旨を命じている。
(二) (賃貸借契約の成立)
ところで、被控訴人は右判決の口頭弁論終結後たる昭和三三年九月一七日ごろから昭和三四年六月九日ごろまでの間に、右判決に基き三回に亘って別紙第一目録記載の土地のうち南側部分即ち被控訴人居住の宅地に接する部分の合計九坪五勺につき明渡の強制執行をしたが、その際被控訴人は控訴人に対し右土地部分を除く残余の五三坪九合五勺の土地を第二目録記載の建物所有のため世間なみの地代(世間なみの地代は一坪一ヵ月二〇円程度であった。)で賃貸する旨約した。したがって控訴人は第一目録記載の土地の内右五三坪九合五勺につき占有の権原を取得したから、前記判決に基く強制執行はもはや許さるべきではない。
(三) (建物買取請求権の行使)
仮に右(二)の賃貸借が認められないとしても
(1) 訴外岡田正雄は昭和二二年五月二一日ごろ訴外和田伊三郎から同人所有の別紙第一目録記載の土地を、建物所有の目的で賃借し、右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有していた。
(2) 控訴人は昭和三二年一一月二日右岡田正雄から右建物を買受けるとともに右土地に対する賃借権を譲受け、同日右建物につき所有権移転登記手続をした。
(3) 被控訴人は同月九日和田伊三郎より右土地を買受けるとともに右土地に対する賃貸人たる地位を承継した。
(4) そして和田も被控訴人も、右(2)の借地権の譲渡につき承諾を拒否し、被控訴人において控訴人に対し右土地の明渡を求めた結果、前記の判決がなされたわけである。
(5) そこで、控訴人は被控訴人に対し、昭和三六年七月三一日到達の書面で右建物を時価二〇〇万円以上で買取るべき旨の意思表示をした。
よって右建物所有権は被控訴人に移転したのみでなく、控訴人は被控訴人が右建物の時価(二〇〇万円以上)相当の代金の支払いをするまでは右建物の明渡、したがって右土地の明渡を拒否するものである。
(四) よって、いずれにしても被控訴人の控訴人に対する葛飾簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二〇四号建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力は排除さるべきである。
と述べた。
第三、被控訴人の答弁及び主張
被控訴代理人は請求原因に対する答弁として
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
請求原因(二)の賃貸借契約成立の事実は否認する。
請求原因(三)の(1)、(2)、(3)、(4)の各事実は認める。(5)の事実は右建物の時価の点を除いて認める。右建物の時価は一〇〇万円以下である。
(二) 右建物には控訴人の建物買取請求権行使当時訴外及川兵三郎のため、被担保債権七〇万円(弁済期間昭和三六年二月二日、遅延損害金年三割六分)の抵当権が設定されていたので、右建物の時価は右被担保債権額に遅延損害金を加算した金額を控除したものとするのが相当である。
(三) 借地法一〇条による建物買取請求権の行使は、土地賃貸人が地上建物取得者に対し当該建物の収去土地明渡を訴求した場合は、この訴訟の事実審口頭弁論終結以前になさるべきであって、その後においてこれを行使し、右確定判決に対する請求異議の理由として主張することは許されないものと解すべきである。右訴訟の口頭弁論終結以前において買取請求をなし得たに拘らず、その後においてこれを行使し請求異議の理由として主張することを許すとすれば、右確定判決の既判力ならびにその執行力は建物取得者の恣意によって根底から覆えされ、極めて不当な結果を生ずるからである。右買取請求権は形成権であると云っても、実質的にみれば所有権に基く土地明渡請求に対する抗弁権的性質をもつに過ぎないのである。
(四) 仮に控訴人の右建物買取請求権行使がそれ自体としては許されるとしても、
(イ) 控訴人は右確定判決のあった事件については弁護士を訴訟代理人としながら仮定的にも右事件の第一、二審を通じて右建物の買取請求権の行使をせず、右判決確定後二年も経過してから、これを行使したのであってこれはとりもなおさず故意にその行使を遅らせ訴訟の引延しを図ったものであることは明かであるから、かかる意図に基く本訴請求は訴権の濫用であり、許されないものというべきである。
(ロ) また、控訴人は前記のように昭和三五年二月二四日別紙第二目録の建物に訴外及川兵三郎のため債権額七〇万円につき抵当権の設定をし、その状態に在った右建物につき買取請求権を行使して本件訴を提起した。右抵当権設定登記は昭和三八年七月一一日に至ってようやく抹消されたが、元来建物に抵当権が設定されている場合は、これにつき買取請求権を行使しても家屋の引渡と代金の支払とは同時履行の関係に立たないのであるから、本件の場合買取請求権を行使しただけでは被控訴人の所有権に基く土地明渡請求を拒みえないわけである。にも拘らず控訴人はあえて買取請求権の行使を理由として本訴により被控訴人の本件確定判決に基く強制執行を妨害したのであって、この点よりするも、本訴は訴権の濫用であって許さるべきではない。
とのべた。
第四、証拠≪省略≫
理由
一、控訴人、被控訴人間に葛飾簡易裁判所昭和三二年(ハ)第二〇四号建物収去土地明渡請求事件につきなされた控訴人主張の確定判決の存在する事実は当事者間に争いがない。
二、そこで控訴人主張の請求原因(二)の賃貸借契約の成否について検討するに、≪証拠省略≫によるも右賃貸借契約成立の事実を認めるに十分でなく、他にもかかる事実を認めるに足る証拠はない。
したがって、控訴人の右主張は採用しえない。
三、そこで次に控訴人主張の建物買取請求権行使の点について検討する。
訴外岡田正雄が昭和二二年五月二一日ごろ訴外和田伊三郎から同人所有の別紙第一目録記載の土地を建物所有の目的で賃借し、右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有していた事実、控訴人が昭和三二年一一月二日岡田正雄から右建物を買受けるとともに右土地に対する賃借権を譲受け、同日右建物につき所有権移転登記手続をした事実、被控訴人が同月九日和田伊三郎から右土地を買受けるとともに右土地に対する賃貸人たる地位を承継した事実及び和田および被控訴人が右借地権の譲渡につき承諾を拒否したため控訴人が被控訴人に対し昭和三六年七月三一日到達の書面で右建物を時価(二〇〇万円以上)で買取るべき旨の意思表示をした事実は当事者間に争いがない。
そこで右買取請求権行使の時における右建物の時価について判断するに、借地法一〇条の法意によれば、右時価のうちには敷地の借地権の価格は加算すべきではないが、その建物の存在する場所的環境は参酌して算定すべきである。云いかえれば右時価は、
(イ)建物の有する固有の価格(その建物の新築価格より消耗度を考慮し減価額を差引いたもの)、と (ロ)右建物の存在する場所的利益の評価額を合算したものと解すべきところ、本件においては、原審における鑑定人松尾皐太郎、同郡富次郎各鑑定の結果を綜合し、且つ右鑑定においては、その算定の基礎として別紙第二目録記載の建物の床面積は二二坪ないし二二坪五合とされているが、本件異議の対象である前記判決においては現況二〇坪五合とされ、その後前記買収請求時までの間に増築された事実を窺うに足る証拠はないので、これを右判決記載の二〇坪五合と修正し、また右鑑定において右建物の敷地の面積は五四坪ないし五七坪とされているが、≪証拠省略≫を綜合すると、右建物の敷地として訴外岡田正雄が賃借していたのは別紙第一目録記載の一筆の土地の全部の六三坪であったが、被控訴人は本件異議の対象たる前記債務名義により昭和三四年六月九日までの間に三回に亘り強制執行をして右六三坪の内南側の被控訴人方に接する部分の土地合計九坪五勺の返還を受けて残余の五三坪九合五勺との境界にコンクリート支柱の塀を設置してこれを区画し、その後控訴人の本件買取請求時以前に、右強制執行により返還をうけた九坪五勺の部分にその南側隣地にまたがって自己所有の建物を建築してこの建物所有のため右九坪五勺の部分を使用していることが認められるので、本件買取請求時においては別紙第二目録記載の建物の敷地としてその使用のため供されていた土地の範囲は前記六三坪の内の五三坪九合五勺であったものと認むべきであるから、これを右坪数に修正して算定するときは、本件建物の前記(イ)の価格は八二万円、同(ロ)の価格は二八万七九五八円、従って別紙第二目録の建物の前記買取請求時の時価はその合計の一一〇万七九五八円と認めるのが相当である。
よって被控訴人は控訴人に対し右金一一〇万七九五八円の支払と引換にするのでなければ、右建物の明渡、ひいてはその敷地たる本件土地の明渡を求めえなくなったわけである。
四、被控訴人は右建物には控訴人の買取請求時において訴外及川兵三郎のために債権元本額七〇万円およびこれに対する遅延損害金債権担保のため抵当権が設定されていたから、右時価の算定に当ってはこれより右被担保債権額を控除すべきである、と主張し、右抵当権の設定されていた事実は控訴人において明かに争わないところであるけれども、かかる場合抵当建物の第三取得者たる敷地賃貸人(本件において被控訴人)は滌除権(民法三七八条)を行使することができ、この手続が終るまで買取代金の支払を拒むことができ(同法五七七条)自己の出捐により所有権を保存したときは売主たる買取請求権者(本件において控訴人)に対しその出捐の償還を求めることができるし、なお損害のあるときはその賠償を請求することができるわけである(同法五六七条)、のみならず、抵当債務者が任意に債務の弁済をして抵当権の抹消をなすことも当然考えられる(現に、本件においては控訴人は右抵当債務の弁済をして抵当権の抹消登記がなされていることは被控訴人の認めるところである)わけであるから、前記時価の算定については抵当権の負担の有無は考慮に入れるべきではない。この点に関する被控訴人の主張は採用しえない。
五、更に被控訴人は借地法による建物買取請求権の行使による引換給付の主張は土地賃貸人が地上建物取得者に対し土地明渡の訴を提起したときはその事実審最終口頭弁論期日までになすべきであって、その後においてこれを行使し右判決に対する請求異議の事由として主張することは許されないと主張するが、建物買取請求権は形成権であるから、これを行使しない以上はその効果の主張はできないし、法律上その行使について時期的に制限をする明文上の根拠はない。のみならず、右訴訟において被告たる建物取得者は、あえて右買取請求権を行使せずとも勝訴しうると確信していたという場合も当然ありうるわけであるから、解釈上右請求権行使の時期を被控訴人主張のように制限するのも妥当ではない、というべきである。
六、被控訴人はその主張の(四)(イ)(ロ)において、訴権の濫用をいい、その趣旨は必ずしも明確ではないが、買取請求権の行使について被控訴人主張のような時期的制限をなすべきでないことは前記五において説明したところであってかくして建物取得者が買取請求権を行使しうる以上は、敷地賃貸人よりの建物収去土地明渡の債務名義の執行力が存続する限り、右買取請求権を行使してその執行力の排除を求めるため請求異議の訴を提起するについては正当の利益を有するものと認めざるをえないから、被控訴人の右(イ)の主張は理由がなく、また右(ロ)の主張はやはり「訴権の濫用」を云うが、その趣旨は本件請求異議の訴に附随してなされた強制執行停止決定に対する不服を云うにすぎないものとしか解しえないのであって、かかる事項は本訴において判断すべき限りではない。
七、されば本件判決に基く被控訴人の控訴人に対する別紙第一目録記載の土地明渡の強制執行は、控訴人に対し前記認定の建物買取代金一一〇万七九五八円の支払と引換に、第二目録記載の建物より退去して右土地明渡を求める限度において許さるべく、この限度以上の執行は許されないから、本件控訴は本件土地の明渡と引換に給付すべき金額の点において理由があり、また原判決は金銭の支払が先給付の関係にあるとしたものと解するほかはなく、附帯控訴はこの点において理由がある。
よって原判決を右の趣旨において変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を、強制執行停止決定の認可および取消につき同法五四八条第一、二項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 藤野博雄 奥山興悦)